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2019-04

今年の夏 - 2017.08.31 Thu

明日から9月!早いです。コンクールシーズンもひと段落し、私なりにこの夏考えた指導についてのことを、まとめておこうと思います。

年初めの受験シーズンあたりから、生徒を見ていて特に思い始めたのが、表面上「他人との競争」と見えることでも、実際本人たちがやっていることは、厳しい状況の中、自分と作品にとことん向き合うことだけ、ということでした。この夏も、その思いを一層深めました。

「その人しか持っていないもの」を磨いて表現できているとパッと目立つ。人とは違うものを輝かせている・・・これがクリエイティブなのだと思います。

若いうちは「こうあるべき」という多くの人が価値とする道を目指しがちです。「どうやったら受験やコンクールに受かるのに有利な選曲・演奏なのか」というような「正解」を求める傾向があるように感じます。

もっと進むと「あの先生のところだと結果が出るらしいから行ってみよう」という発想に繫がる人もいるようです。レヴェルアップのための適正な時期に、先生をチェンジすることは必要と思います。でもこうした発想から出る先生チェンジでは、また同じことを繰り返すだけで、根本的な「自分育て」にはならないと感じます。

人と違うところって何だろう、自分しか感じられないものって何なのだろうか、自分しかできないことってあるだろうか・・・そう考えるきっかけや、今の自分を試してみる場のひとつに「コンクール」があると捉えてほしい、と願っています。コンクールを使っても使われない、というのはここにあると思います。例えば、評価が出なかったことに対し「それは自分の演奏・ステージでの表現が、秀でて目立つほど磨けていないのだ」と考えられるかどうか。通った人を見て「ああいう先生に付いて、ああいう演奏が通るらしい」(よく聞くセリフなのです)と言っている時点で「あなた自身にしかないクリエイティブな能力にもっと気づいて、プライドを持って」と思うのです。

コンクールの価値だけでは計れない能力もあります。文章を書く力、喋るスキル、人脈を広げられる社交性、とことん粘り強い性格、企画力etc・・・色々な角度から「自分しかできない、自分しか興味を持っていない」ところを磨いて音楽へ貢献していくことが、その人らしく表現者として生きることなのではないか・・・と。

音大や音高の中での「なんとなくこういうところに居られればカッコいい」という不文律(大抵は成績やコンクール歴でしょうか)もあると思いますが、その王道をカッコ良く?!行けるのは数名です。その数名も、更にレヴェルアップするところで、こうした問題に直面する時期がくると思います。「自分しかできない表現・感覚」を磨くところへ、関心が向けられるかどうか。認めたくない現実や、自分が今まで思い描いてきた目標と折り合いを付けなくてはいけないなど、痛みを伴うこともあるかもしれません。でも、それを受け入れて、新たな視点を磨くことを面白いと感じられるならば、表現者としての第一歩なのだと思います。

日々出会う出来事や人との中で、「感動」「気になる」「好き」なことをがあれば、それが道標になっていくと思います。他の人が良いと言っているものを必ずしも「良い」と感じなくていいのだし、その人にしかない感性を形にすることに集中できたら、他人と比べて自分を卑下したり上げてみたり、ということに必要以上にエネルギーを注がずにすむのではないか、と思うのです。

平たく言えば、”そこらへんに沢山いる似た雰囲気の、似たような道を目指すピアノをやっている子” からどうやったら抜け出せるのか。自分に気づき、自分の演奏ブランドを立ち上げる意識を、若い人には積極的に持ってほしいです。生徒自身の「感性磨き」への通過点として、コンクールをサポートしたい、と強く思った夏でした。

コンクールと共存し、自分なりの指導ができないだろうか、と模索が続いています。コンクールを否定することは簡単です。でも個人の力では到底できない環境が整われ、厳しい緊張感で育まれる有益なこともあります。小さな頃からコンクールを経験している生徒が増えている現実の中で、どうやったらいいサポートができるのだろうか、と日々考えています。

まだ語れるほど経験もキャリアもない40代半ばと自覚しつつ、少し青臭い文章になってしまいましたが、備忘録として書きました。数年後の私が読んだらどう思うのかな・・・という関心もあります。

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