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2017-07

内田光子ピアノリサイタル2011~シューベルト後期ソナタ三曲 - 2011.11.10 Thu

自分が今まで行った全てのコンサートの中でナンバーワンを選ぶならば、迷わず内田光子さんの2004年3月29日(月)サントリーホールで聴いた「ベートーヴェン後期ソナタ三曲」を選びます。あの日の稀有な体験は、私の宝であり今もありありとその時の感触を思い出すことができます。Op.109からOp.110、Op.111と、一段ずつ魂が引き上げられていくような、それはリサイタルというものを超越した神や天上の世界のようでした。そして11月7日(月)のシューベルトが亡くなる2ヶ月前に一気に書き上げたソナタ3曲D958(ハ短調)、D959(イ長調)、D960(変ロ長調)のリサイタル。内田光子さんは、私にとって特別なピアニストであることの確信を深める夜になりました。

ハ短調の入りから衝撃的でした。これから3曲、エベレストのような山を3つ超えるほどの大曲を弾くにもかかわらず、そこに「余力を残して」とか「様子を見つつ」という少しの妥協、迷いもなく直球でエネルギーMaxで始まった。正直、こんなに始めからアクセル全開で最後まで持つのだろうか・・・と思った程。と同時に内田さんの決意表明にも聴こえました。今日このステージで会えるシューベルトの真実へ向けての尋常ならざる気迫。それがこのデモーニッシュなハ短調と相まって鬼気迫る。甘さなし、妥協なし、あるのは「真実」。無駄なものは全てそぎ落とし、そこに立ち上がってくるシューベルトの姿のみに集中を続ける音楽に、途中からもう涙腺がまずい状態になっていました。4楽章も衝撃でした。この4楽章はタランテラ(毒グモにさされて、毒が抜けるまで狂ったように踊るダンス)と言われるのですが、和音の連打、左右の手の交差運動、そして転調の嵐、と山場だらけのことを思うと、ジーグ位のテンポが現実的かと思われる楽章。破綻が怖いライヴなら尚更です。それが、たぶん考えられるギリギリのスピードで弾き始められました。内田さん本気だ、本気過ぎる。彼女に「逃げる」とか「予定調和」とか、そんな言葉はないんだ。3楽章の幽幻で優雅なメヌエットから一転してこのハ短調の終楽章へ。転調を続け狂気の淵へといざなわれ、心臓のドキドキが止まりません。

イ長調は、このリサイタルの白眉だったと思います。ハ短調の世界から解き放たれて、喜びに満ちた冒頭のイ長調の和音からまた違う次元に入ったシューベルトが鳴り響きます。2楽章、私はいつもこの楽章の虜になってしまうのですが、途中の部分はシューベルトの時代にこんなすごいものが書かれているなんて信じられないドラマが描かれます。死を間際にしてシューベルトは何を見ていたんだろうか、何を捕まえようとしていたんだろうか・・・運命へ抵抗、孤独、そして何度振り切ろうとしても頭を巡る呪文。そして3楽章のスケルツオをはさみ、4楽章へ。もう涙腺は完全に緩んでしまいました。人間、こんなにもせつない温かさを持つことができるんだろうか。最後に1楽章の冒頭の和音が鳴り締めくくった時には、自分のあらゆる琴線を刺激されてしまい困りました。ちょっと混乱に近い感じもありました。

休憩を挟んで変ロ長調へ。まだ休憩の余韻が残っていたホールに、内田さんは腕を組み「時」を待ちます。そして立ち上がってきたその音は、私が今まで聴いたことがない世界でした。ダメダメ、もう陥落。鼻水だけは出してはいけない、そんな心配までしてしまう程。この曲1曲だけならこんな風にならなかったと思うのですが、ハ短調、イ長調と準備されて聴く変ロ長調は、シューベルトの中で前2曲でのエネルギーが別の種類のエネルギーへ変換していっているのがわかり、自分の一番奥に眠っていたような箇所に響いてきているようでした。言葉でうまく表現できないのだけど、そこはとても静かで瞑想的で何か動きがあっても2枚くらい向こうの扉から見ているような・・・とても寂しげでありながら、抵抗することをやめて自然に委ね、それでもまだ忘却の彼方からみえてくる記憶のようなもの。そして・・・人間を愛でたくなりました。天使のように優しくなれたかと思えば悪魔のように人を罵ることもでき、自信に満ちたかと思えば恥ずかしくなるほど自堕落、不条理を抱えながら、人生に叫びをあげながら・・・こんな矛盾を抱えながらも、それでも人間はまだ愛すべき存在なのではないだろうか・・・。ベートーヴェンで感じたのが「神」であったのに対し、シューベルトで感じたのは「人間」でした。

リサイタルを聴き終えて、自分の内側で起こったことがあまりに多くて胸がいっぱい。家に帰ってまずご飯が食べられなかった。そして、レッスン室へ行ってシューベルトのこの3つのソナタの自筆譜ファクシミリを開けました。以前ハ短調を勉強した際に、どうしても自筆が見たくて購入したものです。あなたが人生の最期に搾り出してくれたこの3つのピアノソナタに、そして183年という時を経てその姿を体現してくれた内田光子さんに心から感謝したい、そんな気持ちをシューベルトに伝えました。そこから丸1日ほどは、何をしていても海の深いところにいるような感じがして、おいおい明日自分の本番ですよ!と意識して呼び起こさないとずっとボーっとしていそうな感じでした。だいぶ落ち着いてきたけれどまだちょっとおかしい(苦笑)

後ろはシューベルトの自筆譜ファクシミリが入っているケース。右の緑のパンフは2004年ベートーヴェンの時のプログラム。左は今回のもの。この2つのリサイタルを聴けたことは私の宝物です。
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ひとつだけ、ファンとして主催者にお願い。内田光子ファン、クラシックファンにとって内田光子がシューベルト後期3曲を弾くリサイタルは、事件に近い大きなことです。色々な事情があると思いますが、できれば土日祝日の夕方くらいからで実施してほしかったなぁ、と。ベートーヴェンも月曜日でしたが、シューベルトとは物理的な長さが違います。これだけのプログラムを受け止めるのは聴衆としても体力・集中力が求められます。平日6時30分開演では、働いている方にとっては始めから聴くには厳しい時間だし、まためい一杯働いてきた後に聴くプログラムとしても厳しいと思います。ホールの雰囲気もそういうことが作用していたように思います。もっと内田さん・シューベルト・聴衆での空間が、質高いものになり得る可能性があったコンサートだけに、その点ちょっと惜しまれました。

ちなみに私はこの日学校でした。でも2年生が修学旅行でお休みだったので早めに終わり、家で少し休んでからコンサートへ向かえました。学校から直行で行くスケジュールだったらば、私の聴き方も少し違っていたかもしれません。前日はよく眠りその日のお昼は油ものを控えるなど、私も今回のコンサートを受け止める準備。やっぱりシューベルト後期ソナタ3曲×内田光子は特別だから。

● COMMENT ●

すばらしい。

私も内田光子ファンの一人だけれど、ここまで彼女のあの独特の世界を的確な文章で表現できる人って、あなたしかいない。いや、まいりました。

村上春樹の文を読んでると、同じものが食べたくなるのと同じ感覚。
その場にいたかったな。

>ゆっこ

凄いコンサートだったよ。すでに1週間経つのにまだシューベルトのソナタが耳の奥で鳴るのよね。
内田光子さんと同じ時代に生まれてよかった、と思ったよ。
あ~、ゆっこと本や音楽のこと夜通し語りたいわ。


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プロフィール

高木早苗  Sanae Takagi

高木早苗 Sanae Takagi
都立芸術高校を経て、東京藝術大学卒業、ミュンヘン音楽大学大学院マイスタークラス修了。現在、都立総合芸術高校音楽科講師。
参考サイト:
ピティナ演奏者紹介
YouTube Sanaetakagiklavier
Instagram@sanaeklavier

★TACT Piano Master Class ★

予定:7/29、9/3、10/1、11/12、12/3 会場:スタジオ1619・西武線 新桜台駅徒歩1分☆クラス概要問い合わせ

生徒勉強会

2017年7月24日(月)

希望の家チャリティーコンサートVol.10

2017年9月16日(土)千葉・印西

いんば学舎草深ホール

共演:尾形祐香(Pf)

第21回「新しい耳」音楽祭第一夜

2017年11月3日(金・祝)午後4時〜サロンテッセラ(東京・三軒茶屋)

共演:相川麻里子(Vn)、重松希巳江(Cl)、植木昭雄(Vc)

メシアン「世の終わりのための四重奏曲」他 詳細後日

ピティナステップアドヴァイザー&トークコンサート

2017年12月10日(日)

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筑西ステーション

ピティナステップアドヴァイザー

2017年12月26日(火)

台東区ミレニアムホール

上野ポリフォニーステーション

生徒勉強会

2018年1月26日(金)18時〜

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生徒勉強会 終了

2017年7月18日(火)16時〜

日比谷・松尾ホール

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2017年6月17日(土)群馬

PTNA課題曲アドヴァイスレッスン 終了

2017年6月4日(日)チラシ

スタジオ1619- 西武線 新桜台/全日本ピアノ指導者協会・千代田支部

生徒発表会 終了

2017年6月3日(土)

保谷こもれびホール(西東京市)

ピティナステップアドヴァイザー&トークコンサート 終了

2017年5月28日(日)南城市文化センターシュガーホール(沖縄)

沖縄首里ステーション

出張レッス 終了

2017年5月13(土)、14日(日)鳥取・倉吉

ピティナステップアドヴァイザー&トークコンサート 終了

2017年2月19日(日)柏崎市文化会館アルフォーレ大ホール(新潟)

かしわざきステーション

東京佼成ウィンドオーケストラ定期演奏会 終了

2017年1月28日(日)東京芸術劇場

オケ中・チェレスタ

レスピーギ「ローマの松」

生徒新春勉強会 終了

2017年1月6日(金)

松尾ホール

2016年審査実績

2/6・13日本バッハコンクール全国大会、8/4・5ピティナG級二次、10/10日本クラシック音楽コンクール本選、11/27ショパンコンクールinアジア東京予選、12/19日本クラシック音楽コンクール全国大会

ピティナステップ主催 終了

2016年12月26日(月)台東区ミレニアムホール(東京)

上野ポリフォニーステーション

リサイタル 終了

2016年11月18日(金)19時〜

東京オペラシティ・リサイタルホール(初台)

リサイタル2016詳細

演奏会「小林仁 ピアノの世界」 終了

2016年10月22日(土)17時〜

洗足学園音大シルバーマウンテン1 F

チャイコフスキー「交響曲第5番より第4楽章」(2台8手)他 詳細後日

希望の家チャリティーコンサートVol.9 終了

2016年9月17日(土)14時〜

Vn:相川麻里子

いんば学舎・草深ホール(千葉・印西市)

リングラツィオライブ 終了

2016年9月10日(土)19時30分〜

Vn:相川麻里子

リングラツィオ(東京・江古田)

生徒勉強会 終了

2016年7月28日(木)午後2時〜5時30分

日比谷・松尾ホール

2016年ピティナ課題曲アドヴァイスレッスン  終了

2016年6月19日(日)

ピティナ千代田支部 ptna-tact@tact-fd.com

出張レッスン 終了

2016年6月12日(日)高崎(群馬)

生徒勉強会 終了

2016年6月5日(日)午後6時〜9時

大泉学園・ゆめりあホール

ピティナステップアドヴァイザー&トークコンサート 終了

2016年5月28日(土)

保谷こもれびホール・メインホール(東京・西東京市)西東京地区ステップ詳細

西東京パサパステーション

出張レッスン 終了

2016年5月14日(土)15日(日)

鳥取(倉吉市)

ピティナ新曲二次・実演審査 終了

2016年4月21日(木)

群馬交響楽団定期演奏会 終了

2016年3月19、20日群馬音楽センター/すみだトリフォニーホール

メシアン:トゥーランガリラ交響曲

オケ中・ジュドタンブル

リングラツィオコンサート 終了

2016年1月30日(土)19時30分〜

ピアノライブ

江古田(東京)

紅茶の樹コンサート 終了

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相川麻里子ヴァイオリンコンサート

善行(神奈川)

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日比谷・松尾ホール

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